2014年12月28日日曜日

映画"Neighbors": 地価と界隈の物語

 この二〇一四年の暮れ、セス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグ監督の映画「インタヴュー」が話題をさらっている。「インタヴュー」をめぐる一連の狂騒はさておくとして、ここでは今年ローゲンが送り出した別の映画について視点を提供したい。日本未公開の映画「ネイバーズ」である。一応、DVDでは字幕つきで観られるようだ。「ネイバーズ」は二〇一四年の五月に公開され、六月には町山智浩がTBSラジオのたまぶくろのコラムにてその内容とサンタ・バーバラで発生した銃乱射事件に絡んだ批判を合わせて紹介した。筆者が観たのも六月であった。

 この映画の脚本、設定、ギャグの数々はきわめてアメリカ社会の文脈に依存しており、これが外国で受けるのは困難だと思われる。解説が必要なコメディというのは売り出しにくいだろう。しかし、解説が必要であればこそ内容を読み解くことによってその文脈を理解するきっかけとなりえる。この映画を理解するには、アメリカの大学における友愛会やその伝統を知らねばにらないし、昨今のアメリカ社会における大学内での性暴力への議論も踏まえておいた方がいいだろう。ところで、この映画にはアメリカ人には明らかな主題が背景にある。アメリカ人の不動産への関心である。

  この話はセス・ローゲンとドラマ「ダメージ」などでおなじみのローズ・バーン演じる乳飲み子を連れた若い夫婦が瀟洒な住宅地に引っ越して来るところから始まる。その住宅地の場所ははっきりとわからないが、大学のある東西いずれかの海岸部の都市なのだろう。マサチューセッツ州の大学街かも知れないし、オレゴン州ポートランドあたりをにらんでいいかも知れない。実際の撮影はもっぱらロサンゼルスで行われたようだ。さて、その夫婦は映画の冒頭で、そのあとの落差を際立たせるためか、大げさにその界隈の素晴らしさをたたえつつ、これから始まる生活への希望をうたうのだ。その際、界隈の価値を表す存在として主人公夫婦が近所に住んでいるゲイカップルをみてはその土地のリベラルさを喜ぶのだ。

 この映画では以降、そのゲイカップルは登場しないが、社会的文脈を知らないとその意味を見落としてしまうだろう。ゲイが、特にゲイカップルが住んでいる土地は地価が高くなるのである。あるいは少なくとも地価の指標になる。ゲイカップルが暮らしているということはそこは安全であり、リベラルであり、つまり住民の学歴や収入が高いということを暗に示している。しかも、ゲイカップルは異人種カップルでもある。都市経済学者のリチャード・フロリダはある都市の創造性へのものさしとして、ゲイ指数、ボヘミアン指数、メルティングポット指数を採用しているが、この映画の冒頭部はそうしたフロリダ的議論を踏まえているのだ。

 この映画には中盤にもうひとつ夫婦の地価への関心を示すシーンが登場する。隣の友愛会の毎夜続くどんちゃん騒ぎに耐えかねた夫婦がその家の売却を検討し、リサ・クドロー演ずる不動産仲介業者に相談するのだ。すると、夫婦は仲介業者から友愛会が引っ越したため、その界隈、つまり家の価値が下がってしまったこと知り、そこから夫婦がついに友愛会への反撃を決意
するのである。この流れをみると、この夫婦の反撃への動機が、単なる友愛会がもたらす騒音や子供への悪影響というよりも(それも勿論あるのだが)というよりも、地価の下落の阻止という長期的な見通しに立ったものだとわかる。

 実はこの映画はアメリカの中流階級の地価への関心に基づき、題名の「ネイバーズ」というのはお隣さんやご近所というより、土地の単位としての界隈という意味に取れるのである。