2013年11月30日土曜日

生殖の未来: ナイナ・パテル博士のアクシャンカ不妊治療院

   インドはグジャラート州にアクシャンカ不妊治療院という代理出産で世界的に名高い医院がある。ここはナイナ・パテル博士という医師によって建てられたところで、パテル博士はこれまで二十年以上に渡って代理出産技術によって不妊カップルの子作りに協力して来たそうだ。先日、BBCによってこの代理母に取材したドキュメンタリーが作られたとのことで、記事にもなった。そして、BBCのみならずそれを受けたナショナル・ポストなどのいくつかのメディアがこの医院や代理出産を取り上げた記事を掲載。日本語でもこの医院を赤ん坊工場という批判の意見とともに紹介する記事がいくつかあった。この医院の顧客はおもに西洋人、だそうだが、日本にも仲介事務所が存在する。つまり、先進国の顧客に向けているのだろう。
 BBCの記事によると、出産が成功した場合の代金は二万八千ドルとのこと。新車を買う程度代金で代理母というサービスを利用できるのだ。生殖産業の大衆化がここに実現しているのである。

 また、今月にはBBCのインタヴュー番組にパテル博士が出演し、司会者のスティーブン・サッカーからなかなか手厳しい追及を受けていた。

 議論の対象はいくつかある。まず、代理出産という技術、そして産業自体がいまだに論争の対象であることはさておき、この医院は労働者、つまり代理母であるインド人女性らを搾取しているのではないかとという根深い疑惑があるのである。パテル博士は勿論それを否定する。代理母らには十分な報酬を支払っているというのだ。いや、搾取どころか地元の女性を経済的に支援する活動でもあると説明するのだ。そうかしも知れない。そもそも、それが搾取だとしても、われわれの生活をささえる中国の女工がおかれた境遇りもはるかに快適な環境が代理母らに保障されていることは間違いないのではないだろうか。すなわち、これを搾取だとして非難するのははなはだとんでもない欺瞞である。なるほど、これは搾取かも知れない。しかし、そうだとしたらiPhoneもGAPの服もナイキ製品もみな資本主義という構造的暴力の産物である。そうした暴力にもとづいた文明を享受しておいてこれを批判するのはいちじるしい欺瞞であり、また傲慢だろう。

 顧客はついに子供を手に入れることができる。そして労働者ら、つまり代理母(みなすでに自分の子供がいる母だそうだ)は十分な報酬を手にし、その報酬をみずからの子供への教育へと投資することができる。それのなにが悪いのだろうか。
                                                   
 ところで顧客の属する国よっては赤ん坊にまつわる法的な問題も発生する。特にドイツや日本などの血統主義を取っている国において、代理母の産んだ子供は法的に曖昧な状況に追い込まれ、入国などで問題が発生してしまうらしい。それも国民国家における、家族や子供という概念の定義が現状に即していないのである。いや、それどころか代理母を始めとする生殖産業はまさに国境を越えて国籍をもたないゆえに、国民国家の自明性をゆるがすのだ。それもこれも近代に発生した国民国家という機構が資本と産業構造の要請に応じて生成し組織されたものだからに他ならない。

 代理母という仕事は売春にもたとえられる。つまり、どちらも女のからだの機能をつかい、貧困などの経済的必要性が強いた結果だというわけだ。そうかも知れない。一方で女が自分のからだをいかにつかうか自分で決める自由を禁じていいわけではないだろう。

 資本主義は人間の活動または生活を細分化し、世界全体を巻き込みつつ分業へと向ける意志である。その力はあらゆる人間生活におよぶ。少なくとも生殖産業は今後も発展する一方であり、それが退行すること決してないだろう。ナイナ・パテル博士の事業は歴史の方向を照らしているのだ。



2013年10月26日土曜日

映画「ゼロ・グラビティ」 新しい産業形態のもとの映画

十月二十日、映画「ゼロ・グラビティ」3D版を観て来た。これはメキシコの青春映画「天国の口、終りの楽園。」などで知られるアルフォンソ・キュアロンの異色の新作である。


 複雑な筋はなく、登場人物もただ二人。宇宙ステーションで事故が発生。サンドラ・ブロック演ずるライアン・ストーン医師とジョージ・クルーニー演ずるマット・コワルスキ隊員の二人の宇宙飛行士のみが生き残り、途中でコワルスキの自己犠牲にも支えられてストーンが地球への生還を果たすというそれだけの話である。やはり、見どころはその圧巻の3D映像。それというのも、全編が無重力の宇宙空間を舞台としており、映画に終始浮遊感が漂っている。さらにところどころでもの飛び散る描写があり、破片などが客席に飛び込んでくるのだ。「アヴァター」冒頭の無重力表現とか、パルクールを彷彿とするアクション描写を全面に押し出したような映画。観るエクストリームスポーツとでも呼べる作品である。ちなみに最後、ストーンは最後、中国の無人宇宙ステーションにたどり着き、それを使って地上への帰還を果たす。このごろの中国の宇宙開発という現実はあるにせよ、多分に中国市場を意識しているのだろう。

 似た作品にダニー・ボイル監督でジェームズ・フランコ主演の「127時間」がある。双方とも絶望的状況からの脱出を丹念に描いた映画であり、またエクストリーム・スポーツのような意識への働きかけを行う。おそらく、今後ますますこのように特に複雑な筋はない観るエクストリームスポーツのような作品は増える一方ではないだろうか。筆者は勝敗がなく、ただ意識の快楽を得るためのエクストリーム・スポーツの昨今の隆盛が現代の産業形態と内的な関係を持っているのではないかと直観している。そうするとエクストリームスポーツ的な映画もまたそうした背景に根ざしていることになろう。つまり、こうした映画こそがアルビン・トフラーのいう第三の波のもとにおける芸術の形式のひとつであり、産業に担い手であるジャック・アタリいうところのノマドの意識を反映をしているのだ。


 ところで町山智浩は十月二十二日のTBSラジオ「たまむすび」のコラムにて、別の生存帰還もの映画「キャプテン・フィリップス」を語る際に、その前週に紹介した「ゼロ・グラビティ」にも言及し、こうした生存のための苦闘を描く映画が人気となる理由として、昨今の合衆国におけるますます進む生活苦を挙げていた。
 いずれにせよ、世情を反映した映画というのは間違いないと思う。

2013年10月20日日曜日

フォーサムストリート祭

 九月二十九日は日曜日、サンフランシスコはフォーサムストリートでひらかれたフォーサムストリート祭に行って来た。フォーサムストリートは革やゴム、緊縛などの愛好家らが集まる通りであり、そうした人々に向けたバーやクラブ、洋品店やハッテン場などでにぎわっている。サンフランシスコのゲイストリートというとカストロであるが、玄人向けのフォーサムは一般向けのカストロとは一線を画す。フォーサムストリート祭はそこでひらかれる年に一度の祭典である。

 前日、二十八は土曜日にサンフランシスコ入り。夕方の十七過ぎから十九時ごろにかけて、会場のフォーサムストリートを歩いてみた。実は筆者は二〇〇九年の十一月にサンフランシスコに滞在した際も、ホストの案内でここに来たことがある。土曜の夕方であっても静かなものだ。ところがフォーサムストリートと交差する九番通りと十番通りの間の区画のあたりにて、Tシャツに短パンという格好の二人連れの男とすれ違った。その内の一人が俳優のラッセル・トーヴィーだと気付いたのはまさにすれ違いざまであった。思いがけぬ遭遇にしばし呆然となってしまった。トーヴィーはジョナサン・グロフ主演の新しいドラマの撮影のためにサンフランシスコに滞在しているらしい。

 翌日、一時過ぎに会場へと到着。今回はバークレーから地下鉄で最寄の駅である市庁舎駅までむかったのだが、目的駅が近づくにつれ、列車の中にみるからにそれらしい人が増えてくる。これも祭の盛り上がりを明かす道具立てのひとつというものだろう。

 会場への入場は寄付制であり、今回は最低十ドルから。ただし、寄付なので払わなくてもいいのかも知れない。会場となっている区画へ入るやそこは街角に出現した変態の遊園地。遊園地とあっては見世物あり、体験ブースあり、マスコットキャラありの素晴らしいにぎわい。とりあえず、前に進むと、道に組まれた舞台にてキンク・ドット・コムというエロサイトによるSMショーを演っていた。その模様などはこの記事で写真をを見られる。やはり、縛りといい、女王の責めといい、奴隷の耐えてあえぐ姿といい、一々堂々としていて見事なものだ。そして背中を打つバラ鞭や乳首を責める電流の出る棒などで奴隷を痛めつける女王様方の手つきにはどこか愛と思いやりを感じられる。

 また、その舞台の裏には南方カリフォルニア緊縛(So Cal Shibari)という縄師の集団よる縛りの体験コーナーもあった。その中には紫の鬘を被りセーラー服を着た日本人と思しき若い女の縄師もいた。こうした人にはますます活躍して欲しいものだ。ちなみに日本語の縛りという語そのまま英語には"Shibari"として定着している。

 会場内には他にも尻叩きの体験ブースや、変わりどころではお馬さんプレイや犬プレイの展示ブースが並ぶ。さらにはSMなど特に関係なく財布やベルトなどの革製品を売っているブースもある。みな、見ているだけで楽しいものである。音楽の舞台ではゲストの一組としてハーキュリーズ・アンド・ラブ・アフェアが来ていたのでしばし聴き行った。

 七時ごろいよいよおひらきとなり、会場が撤収していく。そのさなか、会場の一角に位置し、二〇〇九年に筆者も一度来たことがある緊縛をコンセプトとしたカフェ、ウィッキド・グラウンズを訪ねてみた。そこもあえなく閉まるところだったが、二〇〇九年に会った店員がいたので挨拶してみた。また折に触れ訪ねてみたい気持ちのよい感じ店だ。

 会場をあとにし、バスの時間までマーチャント通りのコーヒー・アンド・ビーンズでしばし休むことにした。すると、店の中には恋人か夫同士と思しい革ズボンをまとった三十代くらいの男二人がいる。間違いなく祭から帰って休んでいるところなのだろう。そうした光景を目にするとつくづく祭の余韻を感じたものであった。

 ところでこのフォーサムストリート祭はいまだ日本語での情報に乏しいらしく、ブログ記事などもこの記事くらい見つけられなかった。せっかく日本が世界に誇る縛りの文化を紹介する場所でもあることだし、これからどんどん日本でも知られて欲しいものである。
 
 



 

2013年8月26日月曜日

チャールズ・アイゼンシュタインによる贈与経済についての講演会

 八月二十四日、チャールズ・アイゼンシュタインという思想家による近くの美術館を会場としてひらかれた講演会に行って来た。

 贈与経済という思想は先日も紹介したバーニングマンの原則のひとつであり、また昨今ではSF作家でシリコンヴァレーとも縁のふかい評論家のコリイ・ドクトロウなんかが盛んに提唱している。ドクトロウの場合は無料経済という言葉を使っているが。つまり六十年代に端を発するカリフォルニア的思想の一環なわけだ。
 
 このチャールズ・アイゼンシュタインという人は若いころに台湾へ渡り、翻訳家として活動していたこともあるということで、東洋思想からも影響を受け、ヨーガに関する著書もあるようである。いかにもニューエイジの流れに位置づけられる思想家のようだ。二〇一一年に「聖なる経済」という贈与経済に関する本を出している。探してみれば、日本語でも有志がオンラインで翻訳を公開していた

 今回の講演会はおもに二部にわかれ、前半はアイゼンシュタインが登壇して贈与経済の概要などを語り、後半ではサンタクルーズの地元の非営利団体の活動家らが登場してそれぞれの活動などを説明するという内容。それら参加していた非営利団体は、まず地域を考えよう時間銀行キャンプヒル共同体カリフォルニアなど。 キャンプヒルとは障害者と共に生きるための共同体を立ち上げる活動体だそうだ。その代表者の人はルドルフ・シュタイナーから影響を受けているらしく、直接人智学的な用語は使わないまでも、言葉の端々にその様子がうかがえるのが面白かった。会場は満杯に近く、聴衆は百人以上つどっていたであろうか。

 ただ、やはり贈与経済のあり方について楽天的過ぎる嫌いがあるのが否めない。アイゼンシュタインは講演で「贈与経済は人々をつなげ、貨幣経済は人々を遠く切り離す」と語っていたが、それこそが貨幣経済の魅力であり強さではないのか。エンゲルスが貨幣を農村共同体を溶かす酸になぞらえていたことを思い出す。

 後半では聴衆からいくつもの質問が飛び交い、そのひとつに贈与経済下における芸術の収益という実に現在的な問題があった。つまり、貨幣を否定したら芸術に収益が出ず、その発展が阻まれるのではないか。「ミケランジェロはどうやってシスティナ礼拝堂に絵を描くか」がその時に質問者がしめした例えである。アイゼンシュタインはそれに対し、自分は貨幣経済を全面的に否定するものはではないと語りつつ、今後の芸術への集団財源庇護( Cloud source patronage)の可能性に言及した。クラウドファンディングとも呼ばれる形を想定しているのか。月並みではあるが、妥当なところだろう。

 ところで筆者もいわゆる貨幣経済に代わる、非貨幣経済がますます台頭してくるとは思うが、そうなるのも資本主義の妙なる適応と弁証法的な変わり身の結果だろう。
 


 

2013年7月29日月曜日

映画"Spark: A Burning Man Story"

上映会がひらかれた劇場にあった展示物。

 七月十日に映画「スパーク: あるバーニングマンの物語」(邦題仮)の上映会に行って来た。この映画はネヴァダ州の砂漠で毎年ひらかれているあの有名なバーニングマンフェスティバルの歴史や二〇一二年のバーニングマンの参加者ら数組を追ったドキュメンタリーだ。八十年代にサンフランシスコの浜でやっていた小規模なお祭がやがてネヴァダのブラックロック砂漠へ移り、現在のような巨大なものになる過程を当時の映像や写真をまじえながら創設者らのインタヴューで語っていく前半と、二〇一二年の参加者である芸術家らの出展作品の制作を追いつつ、バーニングマンの開催の様子を記録した後半に分かれている。ちなみに東京都下出身の若者に声をかけて、一緒に一緒に観に行くことになった。

 まず、バーニングマンの運営スタッフらがいかにも真面目そうな人々であったのが印象的だった。たしかにあれほどの規模の祭をひらくには厳正と能力が必要だろう。あと、ここは強調しておきたいが、運営スタッフには女が多い。その半数以上が女性という印象だ。
 九十年代の初期バーニングマンの映像もふんだんに使われていて、それも面白かった。特に九六年の回で発生したという騒乱の様子が印象深い。その事件はのちの運営のあり方にも影を落としているようだ。
 
 参加者のなかでも、ウォール街を燃やせ、というプロジェクトを実行したオークランド在住の芸術家オットー・ヴォン・デンジャーとその工房の面子はコミカルな魅力をはなっていた。このプロジェクトはバーニングマンに悪の象徴としてのウォール街を模したハリボテを展示し、最終的に燃やすといういかにもな作品であり、ウォール街占拠の運動のながれを受けたものらしい。全編にわたってバーニングマンの素晴らしさを紹介してはいるが、しかしバーニングマン関係の映像の見るたびにその参加者が白人ばかりだというのが目につく。それについては課題とすべきではないか。

 また、上映後には監督への質疑応答の時間と、上映会の来場者らの衣装を競うコンテストも設けられていた。ところでこの映画は八月からTunesなどで配信を開始。十月にはDVDも出るとのこと。



 帰りがけ、同行した若者から「あれがヒッピーってやつですか」と訊かれた。ヒッピー文化のながれは受けているが、九〇年代のレイヴカルチャーを経由しているのではないかと答えた。そもそも、六〇年代的ヒッピーカルチャーと九〇年代の連続性も気になるところではある。バーニングマンの創設者らや最初期の参加者には、それこそ確実にウッドストック音楽祭の経験者もいるとおもうのだが。そこに六〇年代のベイエリア的ヒッピーカルチャーとシリコンヴァレー的IT産業をの文化的、歴史的連続性をみいだす鍵もあるのではないか。

2013年7月25日木曜日

二〇一三年サンフランシスコ・プライド 

 六月三十日、サンフランシスコ・プライドを観に行った。去年は金曜日からサンフランシスコに滞在したが、今年はあえなく日曜日のみ。それでも面白かった。今年のプライドはブラッドリー・マニングの写真がいたるところにあったのが印象的だった。聞くところによると、今年のプライドではマニングを名誉参加者として推す声があったが、運営側がそれを拒絶し、その運営の判断に反発した無数の参加者らがあえてマニングへの連帯を積極的に表した結果、マニングのイメージがあふれ返ることとなったようだ。
 

 
  サンフランシスコには十時過ぎにグレイハウンドにて到着。バスターミナルのすぐ隣がパレードの詰め所となっており、出場を待つ人々の間を通って、ダウンタウンの目抜き通りであるマーチャント通りへとわたる。するとすでに人でごった返しており、また有名人の隊列が通りを練っていた。まず印象に残ったのはカリフォルニア州選出の下院議員でサンフランシスコともゆかりの深いナンシー・ペロシの隊列である。あと、有名人の隊列ではシャイアン・ジャクソンが気になっていたので、近くでみられてよかった。ジャクソンは想像していた通りのキャップにTシャツというラフな格好であった。
 
今回も去年に続きフェイスブックとグーグルが大きな隊列を出していたが、今回はフェイスブックに社長のマーク・ザッカーバーグが参加していた。去年はグーグルの方が目立っていた気がするが、すると来年はセルゲイ・ブリンが現れることもあり得るのではないか。また、他にもマイクロソフトやインテル、ジンガなど有名どころのIT企業は軒並み参加していたと考えてよい。

 
各教会など宗教者の隊列や、企業や地域や各人種や民族、また警官や保安官や軍人などなどの公務員、大学や高校などの学校から参加している団体などどれも見どころある。ソフィア大学というパロアルトにある大学の隊列にはその学生とおぼしき男の子二人が全裸で参加していた。サンフランシスコらしい光景である。今回はおぼえている限り、全裸の参加者はその二人もふくめ、三組、計五名いた。





 やっと終盤にさし掛かったところでフリーブラッドリーマニングの隊列。グーグルなどがそれに続き、しばらくしてからパレード自体はお開きとなった。今年のパレードはとにかく時間が長く、結局パレードが一通り終わった時には四時ごろになっていた。明らかに去年よりも長い。これよりパレードが膨張したら今後、どうなっていくのだろうか。
 
 
 通りをあとにして市庁舎前のイベント会場へと歩く。市庁舎前のありさまはまさに祭。老若男女がつどって踊るものあれば、語り合うものもある。トヨタが出しているDJブースではアーミン・ファン・ビューレンなどの単なる露骨なトランスをかけており、楽しげでまことに結構。それが去年となんら変わらないので、その空間ははたして去年から引き続いているのではないかと錯覚におちいるほどであった。

 十九時ごろ、会場もいよいよお開きとなってみなは家を目指し、片付けも始まる。ダウンタウンのアップルストアにちょっと寄ってからバスターミナルに向かい、道すがらブラッドリー・マニングのステッカーを横断歩道のボタンに発見。その日、会場にマニングがいなかったということが、とんでもない間違いであり、不条理であるような気がした。

2013年7月15日月曜日

グーグル見物記

 六月二十一日は金曜日、ある社員の方が招いてくれたためグーグルに見物に行った。そのグーグルの社員の人とは去年の感謝祭に友人の下宿先でひらかれた食事会ではじめて会い、そして六月八日にひらかれた食事会にも来ていたために友人ともどもマウンテンビューにあるグーグルへ招待したもらったのだ。ところでそのグーグル社員のおばさんというのが波乱万丈の経歴の持ち主。朝鮮戦争後に北朝鮮で生まれ、幼いころ家族ともども脱北を試みるも結局、その人しか果たせず、韓国にて、ある家の養子となり、成長してアメリカに渡り大学を卒業して働き、いろいろあって現在グーグルで会計監査をやっているという人物。一種の超人である。
 
 グーグルへは友人二人とともに計三人で訪ねた。朝の九時過ぎに筆者の暮らすサンタクルーズから友人の運転する車に乗せてもらい、一路マウンテンビューへ。グーグルへは十一時に到着。

 しばらく待ち、その社員の方に来てもらって、受付の端末で入館証を発行。受付の前にはロッククライミング用の壁があるのが印象的であった。そして、メインキャンパスへ移動。グーグル本社は大学のようであるためか、キャンパスとも呼ばれる。滞在時間は三時間半くらい。結局、食堂と庭しか見て回れなかったが、やはりそれなり面白かった。

 グーグルにはいくつも食堂があるらしい。それらはみな無料である。訪問者もあらゆるものを無料で受け取ることができる。また、館内には生活に必要なあらゆる設備がそろっているらしく、休日にも洗濯のために会社に来る社員もいるとか。
 われわれは大きな食堂に入った。食堂は新しい清潔な印象を与え、大学のそれを思わせる。また、社員にかぎらず訪問者や観光客と思しき人びとも多い。社員はあらゆる人種がおり、特にインド系と中国系と思しき人が目立つ。食堂には、ピザやインド料理や、ヴェトナム料理、中華料理に和食、メキシコ料理にヨーロッパ風の料理、サラダバーやいくつものデザートがあり、野菜中心である。おそらくはさまざまな文化に配慮した結果野菜中心となるのではないか。また、ヴェジタリアンやヴィーガンも多いのだろう。そして、繰り返すがこれらの料理はどれも一切が無料なのである。

 食後を庭を散歩。庭にはところどころに彫刻などの美術品がおいてあり、スポーツの設備があって社員らがバレーボールやサッカーなどの球技に興じている。その日は庭で大規模な昼食会がひらかれていて、テントの下におかれた卓と椅子にて列席者が語らっていた。
 また、われわれは直接みることはなかったが、その庭に隣り合う建物の中にはジムがあり、プールもあるとか。

 しばらく庭を散策して、サンドイッチ屋にむかう。そこでサンドイッチを二つもらい、これを土産とした。そして、土産物屋へ案内されたところで、社員の人は仕事に戻らねばならないということで、お別れする。その後、土産物屋をみて、帰宅の途につく。現代のテレームの僧院を目の当たりにした見物であった。

 

2013年7月10日水曜日

映画 "The Internship "






 六月の第三月曜日、ショーン・レヴィ監督、ヴィンス・ヴォーン脚本主演の映画「インターンシップ」(邦題仮)を観て来た。それというのもその週の金曜日にあるグーグルの社員の人からマウンテンビューにあるグーグルの本社への見学に招待されたので、事前に予習と復習をしておこうと思ったのだ。グーグル見学については後述。

 映画はグーグルを舞台としたコメディならばこんなものかという感じ。ブロマンスの要素もあった。あらすじ。セールスマンをしていた中年男二人が情報革命の影響によって仕事を失う。そこで、恐れ知らずにもグーグルの面接に申し込んでみると、なんと研修への許可が出る。そしてグーグルという不思議な未知の世界にとびこむというお話。ちなみにその主人公のもう一人の方はオーウェン・ウィルソンだったりする。

 新しい技術によって職を失った中年男がいまや古びた価値観や能力を生かして新時代に活躍するという筋をみるとショーン・レヴィの前作「リアル・スティール」をも彷彿とする。また、映画のつくりは相当に古典的なハリウッド映画の型を踏まえている。要するに単純明快。しかし、グーグルという月並みならざる題材を扱うにあたってはこんな単純さが必要だったのかと。つまり、この映画で重要なのは主人公の境遇や話の内容ではなく、あくまでグーグルや、それをはじめとするシリコンヴァレーの文化なのだ。


 グーグルやシリコンヴァレーに関心にあるの人なら観ておいて損はないと思う。


 

2013年4月21日日曜日

産業の推移①

 ごく基本的な話をたしかめたい。 

 十八世紀末にイギリスで始まった産業革命は西ヨーロッパの各国を巻き込み、十九世紀にはアメリカ合衆国や日本にも到達した。この産業革命の時代にわれわれの社会の制度、生活様式、意識のあり方などが確立したのであった。未来学の泰斗アルビン・トフラーのいう、先史時代における農業の発生という〈第一の波〉に続く、これが〈第二波〉である。大英帝国をはじめとする工業国では工場を整備して飛躍的に生産性が高まった。また、おもに非西欧の植民地は産業のために資源を提供することになった。近代産業とそれがよって立つ資本主義が必然的に帝国主義をまねく所以である。
 この前近代的社会から近代社会への移行はあらゆる階級を通じて人々の意識や生活に多大な苦悩をもたらし、また世代間の断絶をひらく。これによって芸術がうまれる。近代文学の誕生である。例えば、産業後進国であったロシアはこうした近代化移行期の危機をすばらしく表現した普遍的な文学を生みだした。これがロシア文学である。ひとつ例を挙げると、チェーホフの戯曲「桜の園」は不動産の推移とある階級の解体と別の階級の勃興をめぐる物語である。
 
 現在では、ご存じの通り、世界の産業の中心地は中国である。産業化した国は、まず手工業が
興り、続いて重工業へ主軸が移り、そして賃金の上昇をともないつつ第三次産業つまりサービス業や金融や観光へと動いていく。この過程で当然、労働者という資源を作るための教育のあり方も変わる。そうすると、人々の意識も変わり、これまた世代間の断絶がひらき、ときにはまた新しい文芸が花開くことになる。中国でも段々と海岸部から賃金があがり、工場が内陸部へと移動しているらしい。
おそらく、これが順調にすすめば、工場はますます西に進むだろう。現在、すでにビルマは工業化しつつあるらしい。インドは近代化移行期の真っ最中である。
 さて、この工場の西進が順調にすすめば東南アジア、南アジアも賃金が上がり、工場はやがてアフリカに到達する。現在すでにナイジェリア、エチオピアなどその他各国は工業化の兆しがみえるようだ。おそらく、アフリカ諸国が全面的に工業化したときにはいま人口爆発ももはや問題ではなくなる。ご存じのとおり、社会が発達すると必然的に少子化が起こるからである。この過程は今世紀中には確立するとおもわれる。

2013年4月14日日曜日

十世知るべき也

 「論語」の巻第一為政第二の三十二にこんな問答がある。孔子の弟子の子張が十世代先のことまで知ることができるかと孔子に問うたところ、孔子はこう答えた。殷では前の王朝である夏の制度や文化を受け継ぎ、なにかを除いたりまたは加えたりしたことがわかる。その次の周もまた殷から受け継いだものに対し同じようにした。その方向性をたどっていけば十世代どころか百世代先のことでもわかる。なんと孔子は現代でいう〈外挿法〉的な発想をすでに持っていたのだ。
 このブログの題名は畏れ多くもその「論語」の一節からいただくことにした。このブログで過去の歴史と現代世界の諸事象を紹介しつつ分析し、その方向を外挿した結果としての未来像を語っていきたい。

 ただし、筆者はかねてから日本語で流通している未来像に決して満足してない。それというのも、そこに重大な手落ちがみられるからである。つまり、人はなかなか現在の思考の枠組みから自由でいられないため、未来を構想する際、結局はたんなる技術の進展にのみ注意をむけて、社会全体の総合的な変化を見逃してしまいがちなのである。たとえば、現在でも所詮はとうてい普遍的ではない異性愛的家父長制にもとづいた核家族がどうしてこの先も相変わらず存続するとかんがえるのか。国民国家共同体が、民族の観念が、ずっと支配的でありえるのか。
 このブログでは特にそうした意識と社会や共同体の大規模な変化といった問題群に焦点をあてて未来像をかたっていくつもりである。具体的な話題としては、個人の意識、さまざまな段階の共同体、〈性〉、芸術、生殖、都市や交通や通信、農業および食料生産、メディアや教育など。

あと、日常的な話題や個人的経験なんかも折にふれて紹介したい。