上映会がひらかれた劇場にあった展示物。 |
七月十日に映画「スパーク: あるバーニングマンの物語」(邦題仮)の上映会に行って来た。この映画はネヴァダ州の砂漠で毎年ひらかれているあの有名なバーニングマンフェスティバルの歴史や二〇一二年のバーニングマンの参加者ら数組を追ったドキュメンタリーだ。八十年代にサンフランシスコの浜でやっていた小規模なお祭がやがてネヴァダのブラックロック砂漠へ移り、現在のような巨大なものになる過程を当時の映像や写真をまじえながら創設者らのインタヴューで語っていく前半と、二〇一二年の参加者である芸術家らの出展作品の制作を追いつつ、バーニングマンの開催の様子を記録した後半に分かれている。ちなみに東京都下出身の若者に声をかけて、一緒に一緒に観に行くことになった。
まず、バーニングマンの運営スタッフらがいかにも真面目そうな人々であったのが印象的だった。たしかにあれほどの規模の祭をひらくには厳正と能力が必要だろう。あと、ここは強調しておきたいが、運営スタッフには女が多い。その半数以上が女性という印象だ。
九十年代の初期バーニングマンの映像もふんだんに使われていて、それも面白かった。特に九六年の回で発生したという騒乱の様子が印象深い。その事件はのちの運営のあり方にも影を落としているようだ。
参加者のなかでも、ウォール街を燃やせ、というプロジェクトを実行したオークランド在住の芸術家オットー・ヴォン・デンジャーとその工房の面子はコミカルな魅力をはなっていた。このプロジェクトはバーニングマンに悪の象徴としてのウォール街を模したハリボテを展示し、最終的に燃やすといういかにもな作品であり、ウォール街占拠の運動のながれを受けたものらしい。全編にわたってバーニングマンの素晴らしさを紹介してはいるが、しかしバーニングマン関係の映像の見るたびにその参加者が白人ばかりだというのが目につく。それについては課題とすべきではないか。
また、上映後には監督への質疑応答の時間と、上映会の来場者らの衣装を競うコンテストも設けられていた。ところでこの映画は八月からTunesなどで配信を開始。十月にはDVDも出るとのこと。
帰りがけ、同行した若者から「あれがヒッピーってやつですか」と訊かれた。ヒッピー文化のながれは受けているが、九〇年代のレイヴカルチャーを経由しているのではないかと答えた。そもそも、六〇年代的ヒッピーカルチャーと九〇年代の連続性も気になるところではある。バーニングマンの創設者らや最初期の参加者には、それこそ確実にウッドストック音楽祭の経験者もいるとおもうのだが。そこに六〇年代のベイエリア的ヒッピーカルチャーとシリコンヴァレー的IT産業をの文化的、歴史的連続性をみいだす鍵もあるのではないか。
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